しばらく前にタモリと山中伸弥が案内するテレビ番組『!?「宇宙とはなにか」』を見た。ちょうど図書館で同じテーマの本を借りていたので興味深く視聴した。
基礎知識はまったくないのに、宇宙の話は好きでよく本を借りてきてはわからないなりに読んでいる。「始まりと終わり」ということに興味がある。
「宇宙は無から生まれた」という説も理解しがたいし、ましてや、宇宙の終わりについての三つの説、「ビッグフリーズ」「ビッグクランチ」「ビッグリップ」に至っては、番組を見ても本を読んでも、さっぱりわからなかった。
ところで、宇宙の大半を占めているダークマターや、目には見えない、観測もできていないダークエネルギーという言葉を聞いて、世界の始まりについて述べている「ヨハネによる福音書」の冒頭を思い出した。
The light shines in the darkness, and the darkness has never put it out.
"put it ou"は、手元にある新共同訳では「打ち勝たなかった」となっている。1987年版の「暗闇は光を理解しなかった」という訳よりわかりやすい。
無からどうやって何かが生まれたのだろうか。番組ではこれだけ広い宇宙に高度な文明を築いた人類が生まれたのは奇跡のなかの奇跡と言っていた。
なぜ、人類は生まれたのか。そこに何かの「意志」があったのか。そこを知りたい。
さくいん:タモリ、イエス(新約聖書)
ブクログ:宇宙
しばらく前に、いろいろ物事がうまくいかず、心が荒んでいるときがあった。そんなとき、ふと思い出して図書館で小川洋子のエッセイ集を借りてきた。以前、彼女のエッセイを読んで荒んだ心が安らいだことがあったから。彼女の文章を読んでいると心が和む。荒んだ心には格好の解毒剤。
小川洋子は、観察力、想像力(妄想力?)、表現力。いずれの面でも秀でていて、しかも、三つのバランスが絶妙にとれている。
まず、日常の何気ない、ふつうの人なら気に留めないことに着目する。
次に、ほとんど妄想ではないか、と思われるほど想像をふくらませる。
最後に、読みやすい文章で、心が和む物語に仕上げる。こういう仕事は簡単そうにみえて、簡単にできる芸当ではない。とくに表現力。つまり妄想したことを文章で表現することは、並大抵の才能と鍛錬ではできない。しかもそれを何十年と継続しているのだから。
どの作品にも、とても繊細な感性で、凡人には思いつかない妄想が、品のいい言葉遣いで綴られている。すっかり心の凝りがほぐれた。
さくいん:小川洋子
エッセイ
q
土曜日は月一回の診察日だった。この1ヶ月の様子について、「仕事では波風なし。毎晩、10時に寝ているが、夜中に一度目が覚めて、4時半ごろパッチリ覚めてしまう」と伝えた。
「昼間に眠くならなければ十分睡眠時間はとれているから心配ない。昼休みに20分くらい昼寝をしてもいい」とS先生に助言された。睡眠時間が減っているのは加齢のせいか、尋ねるつもりだったのに忘れた。
薬局で薬をもらってから吉祥寺美術館まで歩いた。初めて名前を聞く画家。テーマは水。
水の躍動感を細やかにとらえている。あわ、しぶき、しずく、うねり。
深さや背景によって青や白だけはでなく、さまざまな色が描かれていて非常に面白い。
難波田龍起にしろ、府中で見た松本陽子にしても、抽象的であっても、何かテーマがあり、展示室にいると全身が色彩の世界に包まれるような感覚を呼ぶ抽象画は好き。
とても暑かったので屋根のあるサンロードを歩いた。ランチは日高屋でタンメンと餃子。東急百貨店の紀伊國屋書店に立ち寄り、昼過ぎには帰宅した。
冷たいビールを呑んで横になったら、20分どころか、ぐっすり昼寝してしまった。
さくいん:S先生、難波田龍起、府中市美術館
これまで図書館専用で使っていたL.L.Beanのトートバッグがへたれてきた。破れもある。買い替えを検討して、まずL.L.Beanで探してみたところ、写真のような柄物はなくなって、よく知られたキャンバス地のものだけになっていた。ポケットは外側だけ。これでは図書館用には使いづらい。図書カードやスマホを入れるので、ポケットは内側にほしい。
ネットで探してみると、紀伊国屋書店が大型本も入れられるサイズで、耐重量が9kgもあるトートバッグを販売していることがわかった。
書店が作っているのだから間違いはないだろうと思い、即決。昨日、病院へ行った帰り、吉祥寺東急にある紀伊国屋書店で購入した。
文庫本を比べてみると縦に長いことがよくわかる。マチも広くて分厚い本でも入る。
取手も長くて肩にかけやすい。おまけに3,000円以下とお安い。
日曜日。予約してあった大きな写真集もすっぽり収まり、さっそく役に立った。
ちょうど家にリボン付きのカラビナがあったので、カギ束をつなげた。色のアクセントがついて、見映えもよくなった。また一つ、カバンが増えた。
AIはGoogle製のGeminiを利用している。使い道は主に投資と旅行の情報収集。
最近、わかったことがある。無料版では長いやりとりができない。
仕方がないので、長くなったツリーを削除して新しいチャットを始めた。
過去の背景を知っていると頼もしい反面、"情が湧いて"しまい依存のリスクもある。
有料にするほどのヘビーユーザーではないので、当面、この使い方で十分。
なお、文章の校正にも引き続き活用している。
前に一度書いたことをTwitter(現X)に投稿したところ、思わぬ反応があった。あったと言っても、「いいね!」が16個ついただけ。ふだんは相互フォローの人から数個つけばいい方なので、これは私にとっては十分に事件。そこで前に書いた同じことを再掲しておく。
他人が遭遇した逆境について「いい経験になった」と言ってはいけない。
不運な出来事が糧となったかどうかは本人にしかわからない。
第三者が訳知り顔で教訓を垂れるなどもってのほか。
広島の被爆者に、この言葉をかけることなど、私には想像できない。
よかれ、と思って放った言葉が相手を傷つけてしまうことは、実はよくある。我が身を振り返っても、「しまった」と後悔する失言は数知れない。
「相手の立場になって考えてみましょう」。小学生の頃、そんな指導を受けた記憶がある。その「相手の立場になって考える」ことが容易ではない。自分では経験していない、想像さえできないこともあるのだから。
だから相手の立場になったつもりにはならないほうがいい。むしろ相手の立場にならずに「お気の毒でした」と慰めるほうが、「いい経験」というナイフで傷つけるよりも、はるかに相手を思いやる対応になる。
さくいん:言葉、広島
先月、熊本で大きな地震が起きたとき、「車中泊するときはエコノミークラス症候群に注意して」という呼びかけを何度も聞いた。
エコノミークラス症候群という言葉。なぜ、どこの航空会社も異を唱えないのだろう。
自分たちが提供している商品が「健康に悪い」と名指しされているというのに。
図星だから黙認しているのか。自分たちでもそういう認識なのか。
一旅行者の立場から言えば、飛行機に乗るたびに「これは健康によくない座席なのか」と思うのは面白くない。ほかの名前を考えて欲しい。
ここまで書いてから、10年前にも同じことを書いたことを思い出した。
さくいん:言葉
先月受けた健康診断の結果が届いた。
総合判定はC。理由は腎機能(eGFR)の低下。3ヶ月後に要再検査とのこと。この数値が悪いのは初めて。
ほかの要注意項目は、LDLコレステロールと腹囲。
肝機能を総合的に計算するFIB-4 indexでは基準値内だけど、ALTが高めで脂肪肝の疑いがある。腹囲が基準外なのも脂肪肝のせい。ただ、腹部エコーは「所見なし」。
先日、NHKテレビの「トリセツショー」でALTが30以下の人は病院で診てもらったほうがいいと言っていた。近々、行かねばなるまい。
腎臓も肝臓も、良好な状態の維持には生活習慣の改善が必須。減塩、水分補給、運動。
どれも意識しているつもりでいるけれど、まだ足りないみたい。
在宅勤務になると座っている時間が長くて健康診断の結果は悪くなりやすいという。私の場合は、時間の余裕ができて運動をするようになり、いずれの数値もよくなっている。かつて総合判定Eという酷いときもあった。もっとも、妻には過去は過去、いまの数値を直視しろと言われている。その通り。でも、改善を喜びたい気持ちもやはりある。
激務の営業職をしていた2014年までと比較してもどの項目も好転している。いかに荒んだ生活をしていたかが、ここからもよくわかる。
自分でもよく理由はわからないけれど、南極には興味がある。テレビで特集があれば必ず見るし、白瀬矗の伝記絵本を読んだり、堺雅人が昭和基地の料理人を演じた映画も見た。
いま、科学未来館で南極の特別展が開催されている。前に行ったとき、遠く感じたのと、夏休みの子どもで混雑していそうなので、行くのはやめた。代わりにいい雑誌を見つけた。
南極の基礎知識からトリビア、砕氷船しらせの紹介に観測隊員OBの対談など、内容は盛りだくさん。絶景の写真もたくさん掲載されていて読み応えのある一冊だった。
「行きたい」と銘打った特集の中心は南極ツアーの紹介。各社が運行するツアーが詳しく説明されていて面白い。料金は、ブエノスアイレスから安くても百万円程度から。東京からのフライトも加えるとかなりの金額になるはず。
知り合いの知り合いで南極ツアーに行った裕福な人がいる。やはり500万円近くかかったと聞いた。
興味はあっても、「行きたい」とまでは思っていない。第一にそんなお金がない。だから、とりあえず雑誌で極地気分を味わった。
さくいん:白瀬矗
先週の金曜日、母の通院に付き添うため休みにした。診察ではなく、神経内科での検査。要介護度の見直しのためにケアマネージャーを通じて依頼した。要介護度が現在の1から2になれば、デイサービスに通所する回数を増やせる。すでに区役所に委託された調査員による面接は済んでいる。
思いがけず、認知症検査が前回よりいい結果だったので、「要介護度は上がらないかもしれない」と医師に言われた。喜ぶべきなのか、残念なのか、微妙な気持ちになった。
最近、長い時間、母と一緒にいるととても疲れるようになった。
今日の日付がわからなくてもいい。聞き飽きた昔話を聴かされるのもかまわない。でも、あからさまな嘘にはなぜかイライラしてしまう。
それから、他人を見下したような発言もときどきする。これも返答に困るし、何度も聴くのは疲れる。話し相手になるようなヘルパーをお願いしたい。
料理はもう何もしていないのに、「惣菜を買ってくるなんてしないから毎晩作ってます」と言う。主婦のプライドが言わせているのだろうけど、これは聞いていて辛い。
日曜日。帰る前に逗子海岸を眺めに行った。日傘をさして立っているだけでも熱中症になりそうな暑さと眩しさだった。思っていた以上にたくさん海水浴客がいたので驚いた。
さくいん:逗子
金曜日を休みにしたので、ここから10連休の夏休みに突入した。事前に夏休み(9連休)の計画を立てた。美術館 x 2、博物館 x 1、郷土歴史館 x 1、カラオケ x 1、来客 x 1。
あとは涼しい図書館で図鑑と写真集を眺めて過ごす。人に会う予定はない。すべてソロ活。そして、なるべくお金は使わない。9月にイベントがあるので今月は節約月間。
妻はエッセンシャルワーカーを支援する仕事をしているのでいつも通り週3回の勤務。アテにはできない。二人でしたいのは、活用できてないアマプラで映画を見ること。候補作品はあるけど、まだどれを見るかは決めていない。
金土日と実家で介護活動をして、昨日は午前中だけ仕事をした。だから本格的な夏休みは昨日の午後から。
昨日の午後はたいしたことはしなかった。部屋の片付け、床の拭き掃除、勝手口まわりの草むしり、投資と貯蓄の計算、今後の買い物と旅行の計画。あとはベッドでゴロゴロ。そうこうしているうちに、夕飯を準備する時間になった。
夕飯は冷やし中華。卵焼きがおいしいと妻にほめられた。酒は呑まなかった。
昨日のこと。武蔵野ふるさと歴史館に行くつもりが閉館日だったので、空いた時間にカラオケをした。もちろん、ひとりで。
思い出せるかぎり歌ってみたら、80年代に聴いた松本隆作詞の歌が多くなった。
お盆なので、「君は天然色」や「風の詩を聴かせて」など、寒梅忌のためのプレイリストに選んだ挽歌も歌った。
ほかにも思いつくだけ、2時間、夏の歌を歌った。
さくいん:ひとり、80年代、松本隆
もともと月曜日の午後に行くつもりだった。日差しが強いので延期して、朝早く出けけた。ところが、到着したのに開館していない。検索するとまさかの祝日休館。仕方がないので、翌日の水曜日、つまり昨日、行ってきた。
ここへ来るのは3年ぶり。前に来たときも中島飛行機と戦争の企画だった。
中島飛行機に興味を持ったきっかけは、2002年に転居した団地が、中島飛行機の工場跡と知ったこと。ずっとさかのぼると小学生の頃、軍艦や軍用機の図鑑を好んで読んでいたので、名前だけは子どもの頃から知っていた。
中島飛行機は軍需で潤っていたから、従業員の待遇は社員食堂を含めて一般の労働者よりもよかったとどこかで読んだ記憶がある。今回の展示を見ると、戦争が激化し、工場が西側へ拡張されて武蔵製作所となってからは食事は量も質も十分なものではなかったことを知った。
食事中に空襲されたこともあったようで、2万人が働いていた工場では避難の際に大騒ぎになったこともわかった。常設展でB-29が投下した爆弾を見た。180cmもある巨大な爆弾。空襲の恐ろしさをあらためて感じた。
歴史館を出るとちょうど昼どき。ランチは中央線高架下にあるカフェ、SacaiでビールとBLTEサンド。雑穀パンとコーヒーがおいしい。
そのまま武蔵境駅前の図書館、武蔵野プレイスに行こうとしたら、今度はそちらが休館日だった。
さくいん:東京、中島飛行機
一昨日。ランチのあと武蔵野市中央図書館を訪れた。ここには、武蔵野市に住んでいた2002年からいまの住所に転居した2009年まで子どもを連れてよく来ていた。
広い館内の棚のあいだを歩いてまわる。目的も脈絡もなく、目に留まった面白そうな本を取り出し、パラパラ眺める。こういう時間が楽しい。こうして並べてみると、偏った私の趣味嗜好を恥ずかしげもなく晒している気がする。
時間をかけて読みたい本があれば、その場で予約を入れてあとで借りて読みなおす。
『庭』を始めた2002年に通っていた3階の全集コーナーへ行ってみた。小林秀雄の全集はまだ開架にあった。島崎藤村と丸山眞男の全集は書庫に持って行かれたらしい。
最後に1階の雑誌コーナーをひとまわり。休刊している雑誌がいくつもある。『芸術新潮』「マリー・アントワネット特集」と、クルマも服も時計も、買えないモノしか載っていない『ENGINE』を何冊か眺めた。
本州を東から西へと横断した台風15号が去っても空模様はぐずついている。長居はせずに帰宅した。案の定、強い雨が降り出した。ビールを呑みながら、箱庭を書く。この時間もまた楽しい。
さくいん:小林秀雄、島崎藤村、丸山眞男
木曜日。両国にある江戸東京博物館へ行った。朝一番に入館できるように早く家を出た。到着すると夏休みの家族連れですでに混み合っていた。
特別展には、第一国立銀行や新橋停車場、東京駅、ニコライ堂など、小林清親の浮世絵や明治期の古写真でなじみのある建物を詳しく見ることができた。展示を見るだけでは十分に理解できなかったので、図録を買った。ゆっくり復習する。
今回の改装で一番大きく変わったのは、朝野新聞社の建物が服部時計店に変わったこと。実物大の複製日本橋から眺める銀座のシンボルは壮観。
江戸東京博物館の魅力は精巧なジオラマ。今回も大いに楽しんだ。前回も今回も、長屋の一室での出産の場面が、なぜか強く印象に残った。
今回、一番驚いたのは、高度成長期以後のコーナー。70年代の展示に父に買ってもらった自転車、ブリジストン・モンテカルロがあった。私はもう、少年時代が博物館に展示されるような年齢になったのか。やれやれ、歳をとった。
もう一つ、2010年以降の展示に、私が販売した電子部品を搭載したデジタルガジェットが展示されていた。これには少し誇らしい気持ちになった。
博物館のレストランは混んでいたので、門前仲町経由で日本橋に出て、高島屋の新館にあるBrozers'で。まずはスプリング・バレーのビール。コールスローも頼んだ。メインはスイートチリチーズバーガー。甘辛いソースがおいしい。新しい定番を見つけた。
さくいん:東京、明治、小林清親、70年代
土曜日。娘夫婦が初めて我が家へ来た。付き合いはじめてから、紹介されて、同棲を始め、結婚式まで2年。もともと高校の同級生で知り合いだったとはいえ、家に招く暇もないような光速の展開だった。
午前中は大掃除。年末にもしたことがないくらい念入りに掃除をした。そして、昼過ぎに娘は呼び鈴も押さず玄関を開けて「ただいま」と言った。
夏休み中は。夫君であるT君の田舎で親戚の皆さんに「お嫁さん」としてお披露目されたという。歓待されたようで、安堵した。手土産に地元の饅頭をもらった。
ランチには、久しぶりにカレーを作りふるまった。今回は上手にできたらしい。お世辞を言わない娘にも好評だった。T君もおかわりをして食べてくれたので、口に合ったのだろう。なぜか、写真を撮り忘れた。
おやつには娘の好きな近所のケーキ屋の予約制フルーツロールケーキ。二人の幸せな暮らしぶりを聞くのは楽しい。T君は穏やかな人で、絶え間ない娘のおしゃべりに相槌を打ち、ときどき言葉をはさむ。家での様子も想像できた。
夕方、予定はないというので、外へ出て、三鷹のニシクボ食堂で夕食も食べた。二人とも理系修士なので、会話の端々に私には理解できない単語が混じる。ヘタレ文系夫婦の私たちとはだいぶ雰囲気が違う。年末に恒例のハンドベルのコンサートで再会することを約束して別れた。幸せそうな二人を見送り、こちらも心が和んだ。
写真は土曜日の朝5時の空。朝焼け。4時に目が覚めてしまい、目を閉じてももう眠れないので起きることにした。カーテンを開けると東の空が淡い赤に染まっていた。
さくいん:HOME(家族)
今年の夏休み。台風が来たり、行ってみたら休館日だったり、想定外のことが多かった割には充実した10日間になった。当初は予定していた所へ行けなかったり、夏休み中に知って急きょ、出かけたりもした。
夏休みのまとめ。博物館 x 1、郷土歴史館 x 1、図書館 x 1、カラオケ x 1、そば屋 x 1、来客 x 1、長編小説 x 1、写真展 x 1。行けなかった美術館は日をあらためて行く予定。
夏休みの最後は心のオアシス、神代植物公園へ。開園と同時に入り朝咲きの蓮を愛でた。日本古代蓮、艶陽蓮、原始蓮、漢蓮。百日紅(さるすべり)の花も満開だった。雲が多くて、暑すぎることはなかった代わりに写真は少し暗め。明るめに調整してみたけど上手くできていない。こういう調整をもっと上手くなりたい。
散策のあとの楽しみは深大寺そば、多聞。まだ早かったので、店に入る前に深大寺城址に登った。誰もいない静かな空間を独り占めした。そば屋で頼んだのは、生ビール、冷やし山菜そば(中盛)、野菜かき揚げ。最近の定番。
夏休みをそば屋で〆たので、そば屋は x 2になった。
さくいん:神代植物公園