日曜日。親族が集まって母の卒寿を祝った。場所は都内のフランス料理店。この店は母が丸の内でOLをしていたときに重役にご馳走してもらったという、母にとっては思い出深い店。それももう70年前の話。父の三周忌のときにも一度来たことがある。
これが今年最大のイベント。娘は振袖を着納め。入籍したばかりの新郎も招待した。格式高い場所なのでコーディネートもフォーマルにした。ブラックスーツにシルバーのネクタイ。
埼玉県の名門校高校を卒業したことと丸の内で財閥系企業の役員秘書をしていたことは、母の人生のなかで最も幸せな時代だったらしく、同じエピソードを繰り返して話す。
結婚してからは何度も転勤をしたから苦労続きだった。大森から西宮に引っ越す前の晩は不安で眠れなかったと、これもまた繰り返し話す。
皆で集まるのは久しぶり。正月以来か。食事はもちろん美味しかった。
母は自分の祖父母には数回しか会わなかったという。だから孫たちが近くで暮らしている今は幸せに感じてくれている。憧れていた海外駐在はできなかったけれど、転勤のない仕事についたことは、両親に対しては孝行になったと思う。
とりわけ、娘が幼かった頃は海外出張が多く、その度に妻は我が家で過ごした。父は喜んでクルマで迎えに来ては送って帰った。当時は、夫がいないのに義実家に子どもを連れて行くというと周囲に驚かれたらしい。妻と両親が良好な関係だったことは幸いだった。
会話は母の得意な昔話や新婚夫婦の暮らしぶり、新婚旅行の行き先など、おめでたい話が弾んだ。熱戦が続いていたMLBワールドシリーズも話題になった。
前回、来たときのコーヒーがおいしいという記憶が残っていた。この日もお代わりして堪能した。レストランの人たちもお祝いの会食に慣れていてたくさん写真を撮ってくれた。
食事が終わるとワールドシリーズも終わっていた。ハラハラしすぎてリアルタイムで見られなかっただろう。
母は何でも食べるしお酒も呑む。自分の歯がまだ20本以上残っているおかげだろう。誕生会の前夜も、逗子のイタリア料理店に行き、カルパッチョに始まり、ムール貝のワイン蒸し、マルゲリータ・ピッツァ、サーモンのフェトチーネ、子羊のグリル、ジェラートまで私と同じ量を平らげた。スプマンテも二人で一本開けた。
身体は健康そのものだけれど、認知の衰えは静かに進行している。来年も同じように誕生会ができることを願う。
食事のあとは母と一緒に実家に帰った。自分だけでなく母の服装も支度しなくてはならず、席次や話題もあらかじめ考えたりしたので、楽しい時間だった反面、とても疲れた。
来年の娘の披露宴でも、喜ばしい気持ちとこんな疲労感が混在するのだろうか。
料理のメニュー。
おまけ。振袖の着納め。