先週末、妻と二人で石和温泉へ旅行した。結婚式と顔合わせ、子どもたちに関わる大きな行事が終わったので、幸せをかみしめ、緊張と疲れを癒す慰労会。この時期には旅をする。去年は長瀞。その前の年は湯河原へ行った。
石和温泉は娘が生まれてから初めて旅行した場所。1998年の秋。宿泊先は違ったけれど、30年にわたる家族の足跡を思い返す旅になった。
立川から特急かいじ。奮発してグリーン車に乗った。八王子を過ぎると山あいを走り、緑が濃くなる。1時間程度で石和温泉駅に到着。駅前のステーキハウスでランチを済ませて、宿の迎えが来るまで駅前の足湯に浸かった。車内で缶ビール、ランチに甲州ワインの赤を呑んだ。
今回宿泊したのは銘石の宿かげつ。露天風呂付きの和室。写真は宿のサイトから借用。
今回、旅の費用は、1月の石垣旅行で獲得したポイントでほとんどまかなうことができた。旅行サイトのポイントとは次回利用の前払いに過ぎないとわかっているけれど、今回のような使い方ができるのはありがたい。最初から2回分の計画を立てるといいかもしれない。
部屋の風呂は縁が広く、腰をかけて足湯を楽しむこともできる。わずかな水位でもふくらはぎがマッサージされているような心地よさがある。翌朝、チェックアウトするまで足湯に浸かっていた。
やる気のないのが私たちの旅行の流儀。宿の外には出ずに、まずは館内を散歩。「銘石の宿」と謳うだけあって広大な庭園のあちこちに巨岩や天然の鉱物。築山もあれば滝もある。紫陽花も景色に溶け込んでいた。そして、通路を縫うように広がる池には数えきれないほどの錦鯉。庭園をまわるだけで十分観光になった。
金色の鯉は山吹、赤白ブチの鯉は松之助。そういう豆知識も得た。
巨岩で囲われている大浴場で疲れを落としてからは、ちょっと身体を伸ばしたり、畳の上で大の字になって寝転がったりして夕食までの時間を過ごした。何も置いていない和室はとても気持ちがいい。家具が乱立している我が家ではこうはいかない。
妻には宿のことは事前に何も伝えていなかった。広い部屋と石と花と鯉に彩られた庭園にたいそう驚き、喜んでくれた。これぞツアーガイド冥利に尽きる。妻は帰宅してから、事前にまったく見なかった宿のウェブサイトを隅々まで見て、旅の余韻を楽しんでいた。なるほど、ホームページにはそういう使い方もあることに気づかされた。
夕食も量、質ともに申し分なかった。陶板で焼いた甲州牛が柔らかい。「みみ」と呼ばれるほうとうの生地を三角に畳んだ具が入った郷土料理の福箕汁もおいしい。デザートの巨峰のプリンも、この地ならではの逸品。甲州ワインの白を一本空けた。
宴の話題は家族のこと。学校を出て結婚するまで、子育てをよくがんばってきた。もし孫が生まれたら、子ども夫婦をサポートしてまた忙しくなるかもしれない。その時が来たらまた考えればいい。いまは子育てを卒業した余韻を味わいたい。そんな話をした。
温泉とワインですっかりリラックスして、夕食直後に不覚にも寝落ちしてしまい、しばらくして妻に起こされた。いつもコンタクトをしたまま食卓でウトウトしてしまう妻を起こすのは私の役目。旅先では反対だった。
巨岩や天然鉱物の貴石のほかにも、親子の地蔵や微笑ましい夫婦の石像、布袋さんなど、かわいらしい石像も庭で見かけた。
翌朝、妻は早く起きて大浴場へ行ったらしい。私は、旅先で休息するときの鉄板BGM、Kenny G, "Going Home"とEarl Klugh, "Angelina"を流して、これまでの家族旅行を一つ一つ思い出しながら、ゆったりした気分で部屋の風呂に浸かった。
外へ出ると雨に濡れたアジサイがきれいだった。百合の花も咲いていた。テレビをつけてW杯のオランダ戦を見届けた。
朝食会場で1歳くらいの子どもを連れた若い夫婦を見かけた。30年前に石和温泉に旅した自分たちを思い出した。離乳食以外で、初めて豆腐やかぼちゃを食べさせた。成人になり、結婚もした今、いろいろなことが思い出されて、子育てはやはり長かったと思い返した。
いい宿だったので、それぞれパートナーと暮らしている娘と息子にもおすすめするLINEを写真を添えて送った。
チェックアウトしたあとは電車に乗り、甲府へ出た。レトロな街並みを再現して観光地にした夢小路を抜けてお城の石垣沿いに歩いて花小路を散策した。月曜日なので人はまばらで休んでいる店も多かった。
荷物が重かったので城址公園のなかには入らず、石垣沿いを歩いて県庁前で大通りに出た。途中、山梨ジュエリー・ミュージアムを観た。宿の庭園に天然鉱物がたくさん置いてあった。山梨の伝統産業とも関係があったのかもしれない。それから、駅前の大通りにある果物店で初物が出始めた桃を土産に買った。
甲府の街は思ったよりも大きかった。新幹線が通っていない地方都市には、まだその街が昔から持っている独特の雰囲気が残っている。もっとも、駅前にはヨドバシカメラがあり、駅ビルはJR系で、中には成城石井もあり、都内の中央線沿線と変わらないところもあった。
帰りは、松本から来た特急あずさに乗った。八王子しか止まらないので、あっという間に立川に着いた。車内で富士山をラベルに描いたクラフトビールと甲州ワインの小瓶を空けた。
車中はビジネス客が多かった。あずさには諏訪や茅野、安曇野まで仕事で何度か乗った。多忙だった頃を思い出しそうになったので、記憶の噴水にフタをしてワインを呑み込んだ。
今回の旅では、我が家の沿線である中央本線沿いを選んで賢明だった。朝の出発はゆっくりでも正午には目的地に着いていた。交通費も安く上がるので、浮いた分を宿代にまわせる。新宿や東京など人が多いターミナルを通らないので旅気分が削がれない。これは重要。
思いのほか早く帰宅できて、これからは小淵沢、諏訪湖、松本を開拓すると決意した。
老化対策に有効な策はわかっている。適度な運動、ほどほどのお酒、十分な睡眠。そして何より、旅を楽しめるくらい夫婦仲が円満であること。当面はこれが私たちにとって一番有効なアンチエイジングだろう。
旅は日常の喧騒から離れた非日常のようによく言われる。それは違う。日常が穏やかで、平和だからこそ、非日常の旅を満喫することができる。日常が荒んでいた頃は、旅はやっとの思いで逃げ込む束の間の避難所(アジール)だった。だから、旅を心から楽しむことができなかった。羽を休めるのが精一杯で、羽を伸ばすことはできなかった。今回、畳の上に大の字になって寝られたのは、心身ともにリラックスできた証左だろう。
次の旅まで、この退屈に見えて充実している日常を楽しむ。
おまけ。土産に買った今年お初の桃。少しの酸味と多めの甘さ。おいしかった。
さくいん:石垣島、HOME(家族)、ケニー・G、アール・クルー、中央線、日常